合衆国だろうがヨーロッパだろうが、どんな貧しい国に行こうと内戦があろうと、そこにトラックが走っていれば、TOYOTAやNISSANの文字を見つけることはそう難しいことではない。しかし、流行音楽(インストロメンタルを除く)というデリケートなソフトにおいて、日本人が世界征服を果たすのはとても困難なことだ。
その原因のひとつは、やはり言葉の問題。少なくとも、英語が第二外国語として浸透しないかぎり(モノを英語で考えるくらいにならないと)、日本人のポップスは世界的に通用しない。

唯一の例外である、坂本九の“SUKIYAKI”がなぜ英語圏であれほどまで受けいれられたのかを、文化人類学的に考察した本でもあれば、本気で読んでみたい。全米第一位という結果は、異国情緒や天才的な歌い回しだけでは片づけられない、なにかがあると思うのだが。

余談:ボブ・ディランとトム・ペティ&ハートブレイカーズが共演した来日公演(1986年)で、インストロメンタルの“SUKIYAKI”が突然演奏された時、嬉しいようなくすぐったいような複雑な気分だった。
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# by bongokid | 2005-06-19 17:08 | Column

ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、グレイトフル・デッドら豪華メンツによる70年のカナダ・ツアーの模様を捉えた幻の映画のDVDがポニーキャニオンから7月29日に発売される。
50分を越える未公開パフォーマンス映像、未公開インタビュー、メイキング・インタビュー、オリジナル・日本版劇場予告などの特典映像満載で二枚組3,900円(税込)。

1970年という時期は、、、ヒッピー文化の最末期。劇場公開版は観ていないが、音楽そのものの素晴らしさとともに、ある種の虚しさもあるのでは?という先入観があるが、さてどうだろう。
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# by bongokid | 2005-06-17 08:39 | DVD

イギリス人に「キミはなにをやっている人?」と聞かれ、「ミュージシャンだ」と答えた。すると、「いや、そうじゃなくてなにが職業なの?」と言われた。

上記は、70年代初頭に深夜ラジオで聴いた記憶からで、日本のロック黎明期に活躍した成毛滋氏がロンドンに行ったときのエピソード。
つまり、“ミュージシャン”と言われても職業と連想できないほどに絶対数が多かった、ということだった。

楽器弾く人、この国は少ない。
お稽古事、習い事ではなく、そこらへんにある安物楽器に愛着もって、-なにげなく集まり、上手も下手もなく、みんなで会話するように楽しんで、適当に帰っていく-そんな文化的土壌がほとんどない。
音楽を演奏して楽しむことって、本来そんな特別なことではないと思う。

そうか、日本にはカラオケ文化があったか。う~ん…
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# by bongokid | 2005-06-15 00:44 | Column

c0033501_16144713.jpg「The Chitinous Ensemble」(チェロ奏者、作曲家、弦楽アレンジャー=ポール・バックマスターの実質ソロ・アルバム再発CD)を購入。
以前の記事はこちらこちら

バックマスターは70年代にエルトン・ジョン、ニルソン、ローリングストーンズなどの弦アレンジをしたことで、当時一躍有名になったが、それとほぼ同時期にエレクトリック期(1969年~の全盛時)のマイルス・ディヴィスに多大な影響を与えた人物でもある。

バックマスターが作編曲、音楽監督を担当し、数十人のミュージシャンが参加している。
(「The Chitinous Ensemble」は、マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」の源のひとつと言って良いだろう。)

長らく廃盤になっていた待望のブツであり、期待を裏切らない素晴らしい内容。
簡単に言えば、クラシック現代音楽とフリージャズとファンクが渾然一体となった音世界。
マイルスとの明らかな違いは、バックマスターならではの重厚な低音域を中心としたストリングスが使われているところ。
そのせいか、マイルスに比べて湿り気があり、イギリス的。
タブラなどの打楽器も効果的に使われているが、これはマイルスの「オン・ザ・コーナー」を連想させる。(というか、こちらが先ですが。)

マイルスの自叙伝(中山康樹・訳/宝島社)においてもバックマスターは登場する。
一度目は、1969年(「ビッチェズ・ブリュー」制作時)にイギリスで出会い、いつかニューヨークに来てレコーディングを手伝うよう要請しているくだり。
二度目は1972年(「オン・ザ・コーナー」制作時)で、マイルスは自宅に泊めてレコーディングを手伝わせているくだり。
また、バックマスターのリズムと空間の扱い方を気に入っていた、とある。
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# by bongokid | 2005-06-10 21:23 | CD

一見矛盾した組み合わせだが、よい映画ではしばしば見かける。
悲しい場面に軽やかな音楽。楽しい場面に沈んだ音楽。
無論、むやみやたらに使えば良いというわけではないが、印象的なシーンとなることがある。

バブル経済のまっただ中に、大好きだったCMがあった。
コピー機会社のCMで、古い高層ビルにダイナマイトを仕掛け、そのビルが崩れていくスローモーション映像。BGMは阿川泰子のムーディなジャズバラード。
そのコピー機会社は、後に本当に倒れてしまった!MITA。当事者は笑うに笑えないだろうが…。いや、悪い冗談を言いたいワケではない。
そのCMがなぜ好きだったか?それは、映像とBGMのマッチングの妙だ。
一般に、楽しい映像には楽しい音楽、悲しい場面では悲しい音楽が使われる。
しかし、このCMは度迫力のビルの崩壊場面に、もの悲しくムーディーなバラードだったわけで、度迫力のうるさい音楽-ではなかった。
それがゆえに、逆に物のはかなさを演出していて、(CMの意図自体はよくわからなかったが)とても美しかったのだ。


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# by bongokid | 2005-06-09 23:33 | Column

いわゆるロックバンドにおける楽器構成において、ちょっと歪なものに妙に惹かれたりする。いや、歪だからというよりも、好きな音楽が先にあって、気がつけば実はそうだった、と言ったほうが正しいか。

c0033501_1440899.jpgその代表格が【ベースレス】。(ジャズコンボでは比較的多く存在するが)初期のドアーズはオルガンのフットペダルで代用することによって、ドローンとした独特の低音域を醸しだしていた。

レッド・ツェッペリンのライブの場合、ジョン・ポール・ジョーンズがキーボードに回った時はベース奏者がいない。(発表の段階ではオーバーダビングされているが。)これはジョン・ボーナムのバスドラムで補っているとも言えるが、ベースを加えずとも表現に支障は無いという自信の現れか。

以下、パーツ単位のハナシ。
c0033501_14402437.jpgザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) のオリジナルメンバーでは、ドラムのモーリン・タッカーがバスドラムをまったく使っておらず、フロアタムで低音部を表現している。これによって、独特なガレージ感のある音像になっている。

ザ・フーの場合、オリジナルメンバーのドラマーであるキース・ムーンは、ハイハットシンバル(足でパクパクとペダル操作する)を使わなかった時期が長い。その代わりにしていたのはクラッシュ・シンバルの連打で、終始、壁のように鳴り響いていた。

他には、ストーンズのキース・リチャードの(六弦が無い)五弦ギターが有名ですね。
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# by bongokid | 2005-06-05 14:41 | Column

c0033501_0137100.jpg日本における1975年の2組のライヴアルバムを境に、しばらくの間、表舞台に立たなくなる。病気のため療養していたそうだが、その後に発表された作品にはかつての精彩は感じられない、という固定観念もあり、「パンゲア」以降は買うものか…と思っていた。
しかし、ある日、ジャケットを見ただけで「Live around the world」という晩年のライヴを気まぐれで買ってみた。案の定、巧妙なカラオケのような匿名性の高いブラコン・バックバンドの上で、“自分の過去”をコピーしたようなフレーズで演奏していた。

しかし、秀逸なモノクロのジャケット写真(はげ上がった異常に大きなアタマ)を見ながら、けして流暢ではない-しかも痛々しいほどのバラード「Time After Time」を聴いて、

泣けた。

息づかいもわかるほどに切迫していて、しかもこんなにボロボロだけど美しい-それに触れただけで、もうなにも言うことはない、そう思ったのであった。
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# by bongokid | 2005-06-02 00:13 | CD

c0033501_2305866.jpg2002年と2003年にローリングストーンズのツアーに参加したジャズサックス奏者の、ストーンズ楽曲のみ(一曲を除いて)で構成されたプロジェクト・アルバム。

率直に言えば、ストーンズのメンバーを入れないほうが良かったんじゃないのかな。入れたほうが断然セールスは良いだろうが、アルバムとしては散漫なかんじがする。このさじ加減は難しいところ。
12曲のうち、気に入ったのは「Satisfaction」「Street Fighting Man」「Paint It Black」「Gimme Shelter」。
すべてジャズ畑のミュージシャンによる、あくまでも原曲を素材と捉えた、独自の解釈での演奏。
「Satisfaction」でのJohn Scofieldや、「Paint It Black」「Gimme Shelter」でのBen Monder(新鋭)のスリリングなギターが光る。
「Street Fighting Man」でのジャズサンバもカッコイイ。

ストーンズのメンバーをフューチャーしたものは、良くも悪くも原曲の世界観から踏み出しておらず、コンセプトとしては物足りない。
話題を呼んでいるオルガントリオの「Honky Tonk Women」は、オルガンは素晴らしいが、チャーリー・ワッツのプレイがニュアンス不足な印象。(チャーリー、ごめんなさい...)

メインであるティム・リースのサックスはコルトレーンの影響が垣間見られ、全般的に豊かなニュアンスを醸し出している。そしてなによりも、上記(太字)4曲においての斬新な編曲と巧みな人選に拍手を送りたい。
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# by bongokid | 2005-05-30 23:07 | CD

c0033501_22382756.jpgCDのボーナストラックってなんだかなぁ…。LP時代の音源を、収録時間にも余裕があるCDで再発すると、付加価値としてボーナストラックが入っている。珍しいものを聴けることはよいことだが、当時のボツテイクがほとんどだから、やっぱりデキは落ちる。
一枚トータルの“起承転結・気分”もそがれてしまい、なにか複雑な気分になる。《曲が増えた分、お買い得!》というキャッチコピーは、あまり嬉しくはない。FREEの再発盤は、オリジナル曲とボーナス曲の間の無音部分が少し長いから、ヨシとするか。

《CDは聴けば聴くほど単価が安くなる》というのが持論。1500円のCDを一回聴いたら単価は1500円。3000円のCDを10回聴けば単価は300円。だからCDを買うときは、《何回も聴くだろうか?》が、一応買う判断材料になる。費用対効果ということだ。だが、失敗もする。
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# by bongokid | 2005-05-27 22:42 | CD

c0033501_22524814.jpgこれは昨年の7月頃に発売されたアメリカ・ニューヨークのブルックリンで結成されたアフロビートグループの三作目。

アフロビートの王様フェラ・クティは大好きで、5,6枚持っているが、そのフォロワーと聞いただけで、「どうせ本物には劣るだろう」と、ずっと無視していた。しかし、いやぁ~~~~今まで買わないでいてゴメンナサイだ!!!最高の一言です。

米国同時多発テロの後に反戦メッセージをストレートに出したのがこのアルバムであり、つまり、サウンドのみでなくフェラ・クティのメッセージ(反権力)を継承している。
ただし、(政治的な意味合いはあれど、)第一義的に、これは音楽である。心地よい反復するグルーヴに、しばし浸りたい。

サウンドはフェラ・クティのサウンドをフォローしていて、ちょっと聴くとイミテーションのようだが、メンバーは欧州、アフリカ、アジア、ラテン、中東、カリブ系の混合であり人種のるつぼN.Y.を拠点にしているがゆえのニュアンスが加味されている。

(余談)
フェラ・クティやアンティバラスの音楽、とくにオルガンを聴くと、ドアーズの「ハートに火をつけて」の間奏を思い出す。そのドアーズのサウンドはコルトレーンの「マイ・フェバリット・シングス」あたりを参考にしている。そのコルトレーンは、ルーツであるアフリカを意識していた。そう考えるとある種のロマンがある。あくまでも個人的な妄想かもしれないが。
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# by bongokid | 2005-05-25 22:53 | CD

c0033501_05118.jpgDr. Feelgoodは史上最強のB級バンドだ!
なにが最高かって?1975年のこのライヴ映像を観ない人には教えたくない。(笑)
キレのいいパフォーマンスに圧倒されつつ、ついニヤケっぱなしになる!

なお、輸入版のほうが1500円程度安い。
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# by bongokid | 2005-05-20 00:57 | DVD

c0033501_22502980.jpg1975年のCTIでの録音。メンバーは、
ジム・ホール(ギター)
チェット・ベイカー(トランペット)
ロン・カーター(ベース)
ローランド・ハナ(ピアノ)
ポール・デスモント(サックス)
スティーブ・ガット(ドラムス)
ドン・セベスキー(アレンジ)

発売当時LPを購入し、あとでボーナストラックの入ったCDも買った。
表題曲は、元々はギターとオーケストラのための協奏曲であるが、これの場合、あくまでもコンボによるスタジオセッション(約19分)で、仰々しくない。
ゆっくりめの16ビートで展開される演奏者それぞれのプレイがよく“歌って”いて、素晴らしい。アンサンブル、ソロ、すべてが完全無欠といってよいのではないだろうか。
マイルス・デイヴィスとギル・エバンスオーケストラの演奏もあるが、個人的にはこちらのほうが断然好きだ。
何百回聴いたかわからないが、それぞれのソロフレーズをほぼ覚えてしまったので、いっしょにハミングできる♪
一曲目のスタンダード「You'd be so nice to come to」二曲目のジム・ホール夫人によるオリジナル「The answer is yes」も好きだ。

余談だが、ショーケンが歌ったザ・テンプターズの「純愛」のAメロはもろアランフェスですね。
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# by bongokid | 2005-05-12 22:52 | CD

c0033501_21503158.jpg今、ベックの1996年の名作、オディレイをかけっぱなしにしているところ。ジェフ・ベックじゃないっすよ、ベックです。
ヒット曲は何回か耳にしていたけどアルバムを通して聴いたことがなかった。限定生産で特価1470円なもんで買ったのだった。

まともに曲を聴かせる部分といろんなコラージュのリフがグチャグチャに混ざり合っていてとてもカッコイイ音楽だ。センスの塊。
ヒップホップ、デルタ・ブルース、チャイコフスキー、パンクetc.いろんな音が聞こえる。
アバンギャルドなことを散りばめながらもメインストリームで通用する音楽、この絶妙なバランス感覚は好きだ。歌詞は生々しい日常を歌っていて、明るくも無く暗くも無い。

※最新版「グエロ」も同時購入。
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# by bongokid | 2005-05-03 21:52 | CD

c0033501_044197.jpg約30年余りロックミュージックを中心に様々な音楽を聴いてきてはいるが、言うまでも無く世に出回っている素晴らしい音楽をすべて聴くことなんて不可能だ。そしてまた、なんとなく巷で流れる有名曲などで納得したまま、本気で向かい合っていない名作アルバムも存在する。もちろん嫌いでもなく、いつか聴くだろうと、なんとなくタイミングを外して聴いていないわけだ。

第三期ディープ・パープルもその中に入る。タイトル曲「紫の炎」は発売当時からラジオやカセットテープで何百回と聴いているだろう。第三期なのに第二期のレパートリーがハイライトのカリフォルニア・ジャムもビデオで観ている。アルバムのオリジナルジャケットも知っている。これらからイメージされるものは、あの“ディープパープル”だ。あの…!

そして、それはとんでもない間違いだった。1975年の発売時からなんとなく知っていたはずなのに、今さらながら、恥ずかしながら、アルバムを聴いて認識を新たにした。
そう、シングルカットされたタイトル曲は別にして、他の曲から受ける印象は“ブルース・ロック”。ヘビーメタル的なパブリックイメージからは遠く離れたブラック・ミュージックの要素がかなりの程度で濃く、軽いショックを受けた。誤解を承知で言えば、第二期ディープパープルよりもむしろフリーにとても近い音楽。個人的にはもちろん好きなタイプの音楽だ。



当時、新加入のデビッド・カバーデルとグレン・ヒューズの音楽的影響力が予想以上に強かった。というか、この二人を加入させるアイデアの元は、一見ブルース系と縁のなさそうなジョン・ロードだったというのだから意外なものだ。(実はフリーのポール・ロジャースもボーカル候補だったりした)

“フリーが好きでヘビメタを好まない人”でもってこのアルバムを聴いたことがないならば、騙されたと思って聴いてみることをオススメする。
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# by bongokid | 2005-05-02 00:08 | CD

こちらの記事に関しての後日談
ポール・バックマスターの実質ソロアルバムが判明。
1971年発売で、名義はThe Chitinous Ensemble。
あえてジャンルで言えば、ジャズ~現代音楽らしく、ぜひ聴いてみたいものだが、廃盤のようだ。

(その後タイミングよく再発されました。6/10追記)
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# by bongokid | 2005-04-27 22:52 | CD

すぐに思い浮かぶのはイギリスでデビューしたアメリカ人のジミ・ヘンドリックス。彼の批評性のある音楽は、英国のフィルターを通したことでより深みが増したような気がする。

英国人、エルビス・コステロの1st.のバックバンドはアメリカ人、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース(が売れる前)のメンバーだ。

いかにも典型的な米国産または英国産と思っていたものが、実はハイブリッドということが多々あり、おもしろい。料理で塩をほんのひとつまみ入れると甘味がより引き立つ-それと少し似ている。
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# by bongokid | 2005-04-24 00:02 | Column

アマゾンで下記のCDを注文した。
"The Very Best of Badfinger"
"Who Is This America?"/アンティバラス
"紫の炎 30th アニバーサリー・エディション"/ディープ・パープル
"Guero"/Beck
"Odelay"/Beck
なぜ、これらを選んだか。
バッドフィンガーはオリジナル紙ジャケも悪くないが、コストパフォーマンスでこちらを。昔ブートで我慢した恨みつらみがあり、心境は複雑なり。アンティバラスはフェラクティ的なアフロファンクをアメリカ人が試みているというところに興味があって。パープルの「紫の炎」は“ブルーアイドソウル”とハードロックの融合という視点に興味があって。Beckに関しては、ラジオオンエアやシングル盤で聴いてはいたがアルバムとして通して聴いたことがなかった。最近は年齢とともに石橋を叩いてから渡るクセがついていた(苦笑)わけで、代表作"Odelay"がナイスプライスになったことだし、最新作"Guero"と一気に聴いてみることにした。
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# by bongokid | 2005-04-21 23:18 | CD

MusicMagazine5月号購入。中村とうよう氏が『“ポピュラー音楽の世紀”後の音楽』という特集記事で、~個性の時代は終わった。自己主張を捨てた欲の無い、芸でもない芸術でもない音楽を求める~というようなことを言っている。

もうすでにヒーローはいらないのかもしれない。誰もがごくふつうに音楽を作ったり演ったり聴いたりすればいいのであって、自己主張の道具であったり、社会や世間を意識したり、商売にしたりする必要はないのかもしれない。

100%「そうだ!そうだ!」とはいきなり同意せずとも、これはなかなか考えさせられるゾ!
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# by bongokid | 2005-04-20 00:39 | Column

c0033501_181738.jpgレコードコレクターズ誌5月号の特集は『70's BRITISH HARD』。なにを今更!と斜に構えつつも、中学の頃からさんざん体に染みついてきたものを久しぶりに振り返るのは悪くないもので、ついニヤケながら読んでしまった。
以下、立川芳雄氏の記事からで、個人的に印象に残ったエピソード。※【~】は私の独り言です。
  • ジミ・ヘンドリックスあたりがフルボリュームで歪ませたことも、クラプトンがトレブル値0にしてウーマントーンを作ったのも、本来マーシャルアンプの製作者が想定していなかった掟破りの使い方だった。
    【今では当たり前に聴いているその音は、かなり無茶な手法だったわけだ。そりゃそうだ!ふつう一般に音のボリュームは、レベルの0や10は使わないものだ(笑)】

  • ギター低音三度抜きのリフはリッチー・ブラックモアあたりが最初らしいが、いわゆるロック感覚を醸しだす重要な手法であり、いまだに延々と使われている。
    【しかし、ギターリフに著作権は無いのだな。残念!】

当然ながら、当時のロックの初期衝動は“アンチ・モラル”であり、また当然ながら、それは音の“掟破り”ともリンクしていたわけだ。

余談だが、エンジニアのキース・グラントへのインタビューによると、プロコルハルムの「青い影」のドラムはメンバーのドラマーが気まぐれでさぼった?ために、スタジオの近所に住んでいるジャズ系ドラマーが急遽譜面も観ずに叩いたとのこと。
【手数が多く三連のオカズがくりかえし出てくる原因はこれだったのか!】

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# by bongokid | 2005-04-17 00:36 | Column

c0033501_15878.jpgジャズドラマーの中で一番好きなプレーヤーであるエルビン・ジョーンズが昨年に亡くなっている。享年76歳。

彼のプレイを好きになったのはジョン・コルトレーンカルテット在籍時(1960年代半ば)を聴くようになってから。大胆で迫力のあるプレイと繊細さが同居していて、アクセントを自在にずらす“うねり”の出し方に大きな特徴があった。
中でも「My favorite things」(ライブ)においてのコルトレーンとのデュエットバトルは神掛かっていて、何度聴いても鳥肌が立つ。

80年代後半の来日時、東京・中野のライヴハウスで一度だけ生演奏に触れたことがよい思い出だ。
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# by bongokid | 2005-04-16 01:07 | Player

マイルス・ディビスの自伝によれば、問題作でありかつ大傑作の「オン・ザ・コーナー」(1972年録音)はポール・バックマスター、スライ・ストーン、ジェームス・ブラウン、シュトクハウゼン、オーネット・コールマンらの音楽から吸収したコンセプトをまとめあげたものだそうだ。
バックマスターは当時マイルスの友人でもあった。

c0033501_842536.jpgそのポール・バックマスター、1970年代に、エルトン・ジョンの「マッドマン~」やストーンズの「スウェイ」、ニルソンの「ウイズ・アウト・ユー」などでストリングスアレンジをしている。自身チェロ奏者でもあり、低音弦を強調した重厚なサウンドがかなり印象的。(アレンジャーゆえに他にも参加曲はたくさんある。

もう上記エピソードだけで、十年来、気になり続けているのだが、ビジネスライクな映画のサウンドトラックは別にして、彼のソロ作品が存在するということを聞いたことがない。しかし、かすかな記憶をたどれば、一枚か二枚あるはずなのだ。たしか、ミュージックマガジンで数年前?くらいに外国盤として紹介されていたと思う。(輸入されていたかは定かでない。)
ネット上で検索しても記事がまったく出てこないわけで、とっくに廃盤になって忘れ去られているのだろう。どなたかこの件の事情に詳しい方はおられないだろうか?

(5/23 追記・・・・・5/30にUK盤で発売されるようです)
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# by bongokid | 2005-04-12 21:47 | Player

c0033501_2254242.jpgこれは音楽(ジャズ)映画だが、人間ドラマとしても良く出来ている。

1950年代末、酒・ドラッグに溺れながら人種差別の激しいアメリカ合衆国からヨーロッパに逃避した黒人の老ジャズマン。
それを献身的に支える彼のファンの貧しいフランス人青年。しかし、ジャズマンは破滅街道から結局抜け出せなかった…。
こう書くと悲惨な暗い映画のようになってしまうが、それを小粋で深い叙情性のある空気感にしているのは、流れる音楽と映像美。
けしてA級作品とはいえないが、お気に入りの映画だ。

そして、ジャズの源泉はブルースということを思い知らされるのだった。
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# by bongokid | 2005-04-11 22:08 | DVD

c0033501_0573473.jpgc0033501_058237.jpg1983年にオーティス・クレイのライブを観た。
1978年初来日時の大傑作ライブに続いて、この時のライブアルバムも出ていたようだが、持っていない。
たしか、FMで放送され、エアチェック(死語!!)していて、それで納得してしまったのだと思う。なにしろ古い話で記憶が定かでないが。

サザンオールスターズの「いとしのエリー」も英詞で歌ったな。(こちらが英詞「いとしのエリー」の元祖だが、だいぶ後になってのレイ・チャールズ版ほどは話題にならなかった。)

O.V.ライトの代役での初来日時、熱心な日本のサザンソウルファンから、本人が思ってもみなかった熱狂的な支持を得たオーティスは、日本がとても気に入り、おそらくファンサービスのために「いとしのエリー」を歌ったと思うのだが、他のレパートリーとのカラーの違いに、ファンとしてやや戸惑ったように思う。そこらへんがファン心理の微妙なところ。

画像は、押入れを探索したら見つかったライブ会場で購入したTシャツ(日本製)。

関連記事はこちら
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# by bongokid | 2005-04-10 01:00 | Player

c0033501_11323189.jpg音楽は、西欧近代において平均律十二音階という概念が確率したわけだが、それと引き換えに微妙なナニかを失ったようだ。文明進化の功罪を今更述べる気はないが、日頃慣れ親しんだ西洋音楽を拒否したい想いにたまにかられる。

民俗音楽といっても玉石混淆ではあるが、加工されていない現地のライヴ録音、とりわけインドネシアのガムラン、アフリカのピグミー族の音楽、アラブやトルコの古典音楽などを聴く。
それぞれの背景を追求するほどのめり込んでいるわけではないが、聴くと脳神経を消毒されたような心地よさを覚える。

コウモリは高周波の超音波で鳴き合い“会話”をしているそうで、人にそれは聞こえない。その人間が認識不可能な高周波が、これらの天然アナログ音楽には豊かに含まれているそうだ。

高周波そのものは人間に聞こえないにしても、ある種の民俗音楽に内包されているのであれば、“聞こえている音楽”にも、なんらかの波及が当然あるのだろう。
しかし、あとから思いをめぐらしているだけで、はっきりと意識など出来ない。ましてやCD音源は、割り切ったデジタル音質だから物理的にもムリなハナシなのだが…。

脳神経を消毒されたような心地よさ-の分析研究はそのスジの専門家にまかせて、あとから確認すればよい。


◆聴いている音楽
・Archives de la musique turque(1)~オスマン・トルコの栄光(1905-1935)
・Archives de la musique Arabe-Vol.1~大いなる遺産アラブ(1847-1968)
・密林のポリフォニー/イトゥリ森ピグミーの音楽(VICTOR CD ETHNIC SERIES)
・神々の森のケチャ/バリ島シンガパトゥ村の合唱劇(VICTOR CD ETHNIC SERIES)
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# by bongokid | 2005-04-09 11:33 | CD

c0033501_117471.jpgザ・コミットメンツは大のお気に入り。
アイルランドのワーキングクラスの文化も垣間見られるし、バンドの維持における悲喜こもごももバンド経験者には大いに共感できるし、音楽も最高だし。(Try a little tenderness!!)
コミカルな部分も散りばめながら"soul"を感じる音楽(青春)映画の傑作。
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# by bongokid | 2005-04-06 01:20 | DVD

c0033501_12225475.jpg日曜日、テレビ朝日のサンデープロジェクトを途中まで観る。非常に客観的で説得力のあるコメンテーターが出演していた。
あくまでも素人のカンだが、最終的に亀淵さんと堀江さんは手を結ぶのでは?と思っている。なぜなら、亀淵さんは元々新しい価値観に対して寛容な人だからだ。
ニッポン放送の生え抜きで順調に出世して、今は社長さん。立場上、既存の会社を守る立場であるわけだし、その温厚な人柄で敵も少ない。しかし、一方で元来持っている革新性が深い眠りについていたに過ぎない、と思っているのは自分だけだろうか。

(画像は1971年オールナイトニッポン会員誌・ビバヤングから)

2/13分「亀淵さん」参照
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# by bongokid | 2005-04-03 12:25 | Column

“駆け落ち”という言葉に、みなさんはどのようなイメージを持つのだろうか?
矢切の渡し?逃避行?お先真っ暗?非現実的? いやいや、全然湿っぽいイメージは無いんだな。わくわくする。

c0033501_0342996.jpg駆け落ちソングとして大好きなのは、70年代初めのP・マッカートニーのソロ『RAM』の最後の曲「Back Seat of My Car」で"We believe that we can't be wrong"と絶叫が繰り返される。いつもこの部分にくるとグッ!ときて、いっしょに絶叫してしまった。で、これで終わるのかと思いきや、それまでの切なさを笑いとばすかのように、マッカートニー流の素っ頓狂なフェイクがエンディングに入る。昔は、ここで興ざめてしまうので始まる直前にレコードの針を上げていた。しかし四十を過ぎるとそのフェイクがわかるようになり、むしろある種の冷めた余韻を感じる。未だにたまに聴く。

アルバム自体も、ひとつの映画を観ているような、押し付けがましくない独特な流れがあり、マッカートニー信者でなくとも(おそらく)好きになれる。



※最近の再発CDはボーナストラックが入っていて得なのだが、オリジナルのせっかくの流れにそぐわなかったりで、一長一短だ。
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# by bongokid | 2005-04-01 00:36 | CD

"Without You"という曲名で検索するとウェブにはたくさんの紹介ページがあって、わざわざ書くこともないかとも思ったが、とりあえず個人的な回想を。

最近ではホール&オーツがカバーしている。古くはニルソンで大ヒット。ちょっと前だとマイケル・ボルトンやマライア・キャリー。で、どのテイクが最高かっていえば、間違いなくオリジナルのバッドフィンガーのもの。
ストリングスも入っておらず、甘さを抑えたスタジオライブ風のラフなバンドサウンド。
サビの「キャンリヴ」のリヴの“リ”を伸ばさなかったり。経過音のベースラインが他のものとは異なったり。ヘンに女々しくない歌。無骨なコーラスワークやシャウト。ロック的。音のたたずまいはひょっとしたらビートルズの「ヘイ・ジュード」を意識しているかも。

c0033501_21422254.jpgこれは最初シングル盤のB面だった。1970年発売当時、深夜ラジオで流れていたのを数度聴いただけ。なんとなく躊躇していたらいつのまにか廃盤。収録アルバム「ノー・ダイス」も長期に渡って廃盤状態が続いた。もちろん、元々B面だしラジオでもかからず。記憶だけが残る。(今ではオリジナルアルバムがCDで発売されていて容易に手に入るが。)

廃盤状態が続く中で、我慢出来ずにブートレグCDに手を出したのが1990年代前半くらい。CDタイトルが「If you want it...」という、違法コピーで代表LP3枚分をまるごと収録したCD二枚組。ぼったくり価格でレコード落としの音質ながら、約20年後にやっと聴けた喜びは格別だった。


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# by bongokid | 2005-03-29 21:46 | CD

c0033501_1540923.jpg本人は覚えているかどうかわからないが、以前、忌野清志郎が言っていた。
「バンドって、ドラムとベースがしっかりしていれば、ギターやボーカルはなにをやってもよいんだよ。」 名言だ。その通りだ。
もちろんこれは、あえて究極の言い切り表現を試みているわけだが、言いたいことはよ~くわかる。

バンド形態にしてもオーケストラにしてもピアノバラードであっても、リズム、ノリが気持ち悪かったらノーサンキューだ。
モタろうが走ろうがかまわない。要は気持ちよいかどうかってこと。
元々打楽器が好きだったということもあるが、自分でリズムが気持ちよくないとダメ。

メロディは、音楽を作る上で、そんなに大きな要素とは認識していない。むしろ丈夫な骨格(リズム要素)があるからこそ、結果、これでなきゃというメロディが生まれるような気がする。これは一概にはいえないだろうけど、個人的にはそんなかんじだ。

今、巷では、リズムトラックが打ち込みの音楽は当たり前に存在する。ネット上で聴かれるアマチュア/インディーズの音楽は90%?がそれだろう。
しかし、いくら綺麗なメロディであっても、ギターソロがカッコよくても、リズムコンビネーションがあまい、ノリがあまいと、「あぁ、とてももったいないなぁ」と思ってしまう。
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# by bongokid | 2005-03-27 15:42 | Player

地元には日系ブラジル人の方たちがたくさん住んでいる。
近所のブラジルショップでサッカー中継のビデオを何回かレンタルしたことがあるのだが、かなりいい加減なダビングもので、サッカー部分のあとに、なぜかあちらのテレビの音楽番組が録画してあった。
しかもポルトガル語ではなく、「グラッチェ!グラッチェ!」と言うところからしてスペイン語の番組。わけがわからん。アルゼンチンかコロンビア向けなのか???
で、内容はというと、簡単に言えば「ザ・ベストテン」と「夜のヒットスタジオ」と「ヤンヤン歌のスタジオ」が混ざったようなかんじ。アイドルもベテランもあり、スタジオもライブ中継もあり。司会は精力的に早口でしゃべりまくり。
紹介される音楽はというと、これがリズムの大洪水!!!シンコペーションの嵐!!!客は踊りまくり!!!それも一曲がみんな長い。10分から15分がほとんど。ひたすら体を揺らす。休まない。延々と繰り返す。正直言って、いつのまにかキモチヨイのを通り越してつらくなってきた。まさにカルチャーショック!


c0033501_21312439.jpg日本人は(自分も含めて)外国の音楽をつまみ食いするのが得意だが、生活に根ざしたあちらの大衆音楽に本気で接した場合、時に慣れるのが容易でないものだ。なにせ、基盤にある生活習慣も体力も価値観もまったく異なるわけだから。あと食い物も。

めちゃカッコイイのに出会っても実生活となにもつながっていないなぁと、音楽を聴いていて思う時もある。
PRINCEの音楽を、日本国東関東の木造の自分の部屋で、海の向こうの音楽として聴くのと、N.Yのブルックリンのアパートで自国のコンテンポラリーな音楽として聴くのとでは、(同じ音楽でも)リアルな空気感はまったく異なるだろう。
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# by bongokid | 2005-03-23 21:34 | Column