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NHKアーカイブス の1974年郡山ワンステップフェスのドキュメントを録画で観た。
良くも悪くもNHK。音楽そのもののというより、社会的視点及び風俗としてのドキュメント。

以前の1970年のトゥーマッチ・コンサートと同様に、当時、ロックはまだ社会的に異質なもので、外部の人達がいかに奇異に捉えていたか、またそれによって当事者たちがいかに悪戦苦闘していたか、が垣間見えた。

終わってみれば、虚しいロックフェス…。借金とゴミの山が残った。
ただ、それを批判するつもりは毛頭ない。発起人の情熱はこの上なく純粋なものだから。

けして後味のよい番組ではないけれど、当時、平々凡々に暮らしていた身としては、話題としては認識していたが、実際にはこんなことがあったんだ!と再認識させられたロック黎明期の貴重な映像であった。

未見だが、最近DVDも発売されたそうで、もう少し音楽的に捉えられているようだ。


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by bongokid | 2005-06-27 23:59 | Column

雨の曲ってたくさんあるが、気ままに思い浮かぶものを上げてみる。

テンプターズの「雨よふらないで」
森高千里の「雨」
CCRの「フール・ストップ・ザ・レイン」
モップスの「雨」
三善英史の「雨」
ユーミンの「雨のステーション」

ウッドストックの聴衆の叫び…No Rain,No Rain,No Rain...
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by bongokid | 2005-06-26 20:32 | Column

合衆国だろうがヨーロッパだろうが、どんな貧しい国に行こうと内戦があろうと、そこにトラックが走っていれば、TOYOTAやNISSANの文字を見つけることはそう難しいことではない。しかし、流行音楽(インストロメンタルを除く)というデリケートなソフトにおいて、日本人が世界征服を果たすのはとても困難なことだ。
その原因のひとつは、やはり言葉の問題。少なくとも、英語が第二外国語として浸透しないかぎり(モノを英語で考えるくらいにならないと)、日本人のポップスは世界的に通用しない。

唯一の例外である、坂本九の“SUKIYAKI”がなぜ英語圏であれほどまで受けいれられたのかを、文化人類学的に考察した本でもあれば、本気で読んでみたい。全米第一位という結果は、異国情緒や天才的な歌い回しだけでは片づけられない、なにかがあると思うのだが。

余談:ボブ・ディランとトム・ペティ&ハートブレイカーズが共演した来日公演(1986年)で、インストロメンタルの“SUKIYAKI”が突然演奏された時、嬉しいようなくすぐったいような複雑な気分だった。
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by bongokid | 2005-06-19 17:08 | Column

ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、グレイトフル・デッドら豪華メンツによる70年のカナダ・ツアーの模様を捉えた幻の映画のDVDがポニーキャニオンから7月29日に発売される。
50分を越える未公開パフォーマンス映像、未公開インタビュー、メイキング・インタビュー、オリジナル・日本版劇場予告などの特典映像満載で二枚組3,900円(税込)。

1970年という時期は、、、ヒッピー文化の最末期。劇場公開版は観ていないが、音楽そのものの素晴らしさとともに、ある種の虚しさもあるのでは?という先入観があるが、さてどうだろう。
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by bongokid | 2005-06-17 08:39 | DVD

イギリス人に「キミはなにをやっている人?」と聞かれ、「ミュージシャンだ」と答えた。すると、「いや、そうじゃなくてなにが職業なの?」と言われた。

上記は、70年代初頭に深夜ラジオで聴いた記憶からで、日本のロック黎明期に活躍した成毛滋氏がロンドンに行ったときのエピソード。
つまり、“ミュージシャン”と言われても職業と連想できないほどに絶対数が多かった、ということだった。

楽器弾く人、この国は少ない。
お稽古事、習い事ではなく、そこらへんにある安物楽器に愛着もって、-なにげなく集まり、上手も下手もなく、みんなで会話するように楽しんで、適当に帰っていく-そんな文化的土壌がほとんどない。
音楽を演奏して楽しむことって、本来そんな特別なことではないと思う。

そうか、日本にはカラオケ文化があったか。う~ん…
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by bongokid | 2005-06-15 00:44 | Column

c0033501_16144713.jpg「The Chitinous Ensemble」(チェロ奏者、作曲家、弦楽アレンジャー=ポール・バックマスターの実質ソロ・アルバム再発CD)を購入。
以前の記事はこちらこちら

バックマスターは70年代にエルトン・ジョン、ニルソン、ローリングストーンズなどの弦アレンジをしたことで、当時一躍有名になったが、それとほぼ同時期にエレクトリック期(1969年~の全盛時)のマイルス・ディヴィスに多大な影響を与えた人物でもある。

バックマスターが作編曲、音楽監督を担当し、数十人のミュージシャンが参加している。
(「The Chitinous Ensemble」は、マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」の源のひとつと言って良いだろう。)

長らく廃盤になっていた待望のブツであり、期待を裏切らない素晴らしい内容。
簡単に言えば、クラシック現代音楽とフリージャズとファンクが渾然一体となった音世界。
マイルスとの明らかな違いは、バックマスターならではの重厚な低音域を中心としたストリングスが使われているところ。
そのせいか、マイルスに比べて湿り気があり、イギリス的。
タブラなどの打楽器も効果的に使われているが、これはマイルスの「オン・ザ・コーナー」を連想させる。(というか、こちらが先ですが。)

マイルスの自叙伝(中山康樹・訳/宝島社)においてもバックマスターは登場する。
一度目は、1969年(「ビッチェズ・ブリュー」制作時)にイギリスで出会い、いつかニューヨークに来てレコーディングを手伝うよう要請しているくだり。
二度目は1972年(「オン・ザ・コーナー」制作時)で、マイルスは自宅に泊めてレコーディングを手伝わせているくだり。
また、バックマスターのリズムと空間の扱い方を気に入っていた、とある。
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by bongokid | 2005-06-10 21:23 | CD

一見矛盾した組み合わせだが、よい映画ではしばしば見かける。
悲しい場面に軽やかな音楽。楽しい場面に沈んだ音楽。
無論、むやみやたらに使えば良いというわけではないが、印象的なシーンとなることがある。

バブル経済のまっただ中に、大好きだったCMがあった。
コピー機会社のCMで、古い高層ビルにダイナマイトを仕掛け、そのビルが崩れていくスローモーション映像。BGMは阿川泰子のムーディなジャズバラード。
そのコピー機会社は、後に本当に倒れてしまった!MITA。当事者は笑うに笑えないだろうが…。いや、悪い冗談を言いたいワケではない。
そのCMがなぜ好きだったか?それは、映像とBGMのマッチングの妙だ。
一般に、楽しい映像には楽しい音楽、悲しい場面では悲しい音楽が使われる。
しかし、このCMは度迫力のビルの崩壊場面に、もの悲しくムーディーなバラードだったわけで、度迫力のうるさい音楽-ではなかった。
それがゆえに、逆に物のはかなさを演出していて、(CMの意図自体はよくわからなかったが)とても美しかったのだ。


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by bongokid | 2005-06-09 23:33 | Column

いわゆるロックバンドにおける楽器構成において、ちょっと歪なものに妙に惹かれたりする。いや、歪だからというよりも、好きな音楽が先にあって、気がつけば実はそうだった、と言ったほうが正しいか。

c0033501_1440899.jpgその代表格が【ベースレス】。(ジャズコンボでは比較的多く存在するが)初期のドアーズはオルガンのフットペダルで代用することによって、ドローンとした独特の低音域を醸しだしていた。

レッド・ツェッペリンのライブの場合、ジョン・ポール・ジョーンズがキーボードに回った時はベース奏者がいない。(発表の段階ではオーバーダビングされているが。)これはジョン・ボーナムのバスドラムで補っているとも言えるが、ベースを加えずとも表現に支障は無いという自信の現れか。

以下、パーツ単位のハナシ。
c0033501_14402437.jpgザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) のオリジナルメンバーでは、ドラムのモーリン・タッカーがバスドラムをまったく使っておらず、フロアタムで低音部を表現している。これによって、独特なガレージ感のある音像になっている。

ザ・フーの場合、オリジナルメンバーのドラマーであるキース・ムーンは、ハイハットシンバル(足でパクパクとペダル操作する)を使わなかった時期が長い。その代わりにしていたのはクラッシュ・シンバルの連打で、終始、壁のように鳴り響いていた。

他には、ストーンズのキース・リチャードの(六弦が無い)五弦ギターが有名ですね。
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by bongokid | 2005-06-05 14:41 | Column

c0033501_0137100.jpg日本における1975年の2組のライヴアルバムを境に、しばらくの間、表舞台に立たなくなる。病気のため療養していたそうだが、その後に発表された作品にはかつての精彩は感じられない、という固定観念もあり、「パンゲア」以降は買うものか…と思っていた。
しかし、ある日、ジャケットを見ただけで「Live around the world」という晩年のライヴを気まぐれで買ってみた。案の定、巧妙なカラオケのような匿名性の高いブラコン・バックバンドの上で、“自分の過去”をコピーしたようなフレーズで演奏していた。

しかし、秀逸なモノクロのジャケット写真(はげ上がった異常に大きなアタマ)を見ながら、けして流暢ではない-しかも痛々しいほどのバラード「Time After Time」を聴いて、

泣けた。

息づかいもわかるほどに切迫していて、しかもこんなにボロボロだけど美しい-それに触れただけで、もうなにも言うことはない、そう思ったのであった。
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by bongokid | 2005-06-02 00:13 | CD