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c0033501_0381919.jpgスポーツの場合、勝ち負けのある戦いだから平和の道具になるとは必ずしも言えないが、世界中のすべての人々が【音楽をやれば】、きっと戦争は起こらないだろう。
そういえば30数年前にジミ・ヘンドリックスが言っていた。「世界中の人々すべてがオーティス・レディングを聴けば、戦争はなくなるよ」
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD4611/comment.html
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by bongokid | 2005-02-28 23:52 | Column

10年前くらいに購入した、暗黒大陸じゃがたらの「南蛮渡来」を聴く。改めて身が引き締まる思い。
そのあとにレイ・チャールズ(当時32歳くらい)1963年ブラジルでのテレビショー(DVDモノクロ映像)を観る。ビッグバンドを従えた当然一級品のエンタテイメントなのだが観るタイミングが悪かった。じゃがたらの後では、そのお行儀のよいショーがやや退屈であった。(苦笑) 出演ミュージシャンは達者揃い。
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by bongokid | 2005-02-27 15:22 | Column

c0033501_22292057.jpg江戸アケミ率いるじゃがたらのドキュメントDVD「この~!!ッ(もうがまんできない)」を観た。一言で言えば、とびきり楽しく、そしてとても悲しい。

じゃがたら(JAGATARA)のCDは10年前くらいに後追いで数枚購入し、毎日よく聴いていたのだが、不覚にもいつしか未整理の膨大なCD在庫の中で埋もれてしまっていた。
じゃがたら及び江戸アケミのことは、ネットで検索すればいくらでも説明がある。
このDVDは1987~89年の貴重なライヴ映像とボーカリスト江戸アケミの長時間インタビューの記録だ。詳細はミュージックマガジン2005年2月号丹羽哲也氏の解説にある。DVD自体のライナーも充実している。

じゃがたら/江戸アケミに出会った衝撃は、ジョン・レノン(ジョンの魂)、頭脳警察(ファースト)、ジャックス(ジャックスの世界)に出会って以来のものだったように思う。

ロックンロールはポーズでもなく、単なる音楽ジャンルでもなく、それは「生きること」と同義である、と、彼の不器用で誠実なパフォーマンスは訴えかけていた。(早川義夫言うところの)“カッコイイこと”がどれほどダサイことなのか、ということも内包されていたように思う。

だからといって、メッセージ性重視で音楽的な要素が無かったかといえば、そんなことはない。パンクとレゲエとロックンロールとブルースとアフロファンクがほどよくブレンドされたグルーヴィな音楽だった。
それは無論、表面上の音楽スタイルの模倣に止まらず、その向こう側にあるとても特別ななにかを直感的に捉え、かつ共感していた証だった。しかし、その方法論に限界を感じたアケミは亡くなる3日前にじゃがたらからの脱退を意思表示している…。

さんざん既出の事項だが、江戸アケミは「俺は俺のロックンロールをやるから、おまえはおまえのロックンロールをやればいい」と言っていた。それぞれがどこかでシンクロすればそれでいいと。

彼は太く短く生きたのだろうか?亡くなってから15年が経過し、他の夭逝の巨星たちと同様に生きざまは伝説化されてしまっている。
死そのものよりも、むしろこれを因果と捉えなければならないとしたら…そう考えると、とてもやりきれない思いがする。

今一度、眠っていたじゃがたらのCDを取り出し、聴いてみようと思う。まずは「南蛮渡来/暗黒大陸じゃがたら」から。
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by bongokid | 2005-02-26 15:59 | DVD

ジャズといわれている音楽のなかでは、Miles Davisがいちばん好きだ。すごい!と思うことがたくさんありすぎて…しかも様々な媒体で語り尽くされている。


彼のフレーズは流暢ではない。もっとテクニックのある人はたくさんいる。しかし、ぷ~ぅぅぅうううぅぅぅぅぅぅとロングトーンをやっただけで完全にこちらは打ちのめされる。そして、いかに吹かずに表現出来るか という逆説的な"間"の美学がある。

c0033501_22324712.jpg時代によってスタイルが異なり、もちろんそれぞれに良さがあるけれど、アフロアメリカンとしてのアイデンテティに裏打ちされた60年代後半から70年代前半のいわゆる“エレクトリックマイルス”は異端でかつ王道、進歩的でしかも原点(アフリカ)回帰-という二律背反をやってのけた。
保守的なジャズ・ファンは発表当時困惑したようだが、いくつかある代表的な作品の中でいちばん好きなのは、ON THE CORNER そしてDARK MAGUS
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by bongokid | 2005-02-23 22:50 | Player

Music Magazine3月号を見る。

  • 「ニューエイジ・ステッパー」(CD)
    パンクとレゲエの接点を象徴する作品だそうで、ポップグループとアスワドなどのメンバーがエイドリアン・シャーウッドの元で録音したもの。

  • 「ライヴ・イン・ブラジル1963/レイ・チャールズ」(DVD)
    レイ、全盛期のテレビショー。

  • 「Ⅵ/Bondage Fruit」(CD)
    鬼怒無月は何度かライヴで観ているのだが、彼絡みの作品は物凄い数が存在していて、どれを買ったら良いかわからず、なんとなく買いそびれている。-ということで。

  • 「この~ッ!!(もうがまんできない)/JAGATARA」(DVD)
    JAGATARAの主要なCDは10年前くらいに購入し手元にあるのだが、最近は聴いていないなぁ。ということで、映像を観たくなった。

  • 「ヨコハマ・ブルース・ストーリー/クリエイション+エディ藩」(DVD)
    81年、82年のTVKテレビショーの映像。こういう珍しいものが今観られるなんてやっぱ、DVDならではだよなぁ。当時は東京に住んでいたが、中古のおんぼろテレビだったもので、UHFは観られなかったし。


結局、すべて買おうと思う。(笑)結構な出費だな。。。
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by bongokid | 2005-02-20 14:33 | Column

この曲のコード進行(ロック系ではゲイリー・ムーアやサンタナが得意としている)は、音楽やっている人ならば、泣き節が作りやすく、ついニヤッとしてしまうところがあるだろう。

いわゆるJazzの「枯葉」は、マイルスの〈イン・ヨーロッパ〉、〈イン・ベルリン〉、〈プラグドニッケル・コンプリート〉、キャノンボール・アダレイの〈サムシングエルス〉、ビル・エバンストリオなどを聴いたことがあり、気づいたことがある。 というか、個人的な思い込みなのだが。

Autumn Leavesという言葉のシンボリックなイメージ…。

つまり、
【枝から落ちた枯れた葉っぱは、風に任せてどこまでも飛び、舞っていくこともあるし、無風なら木々のまわりにハラハラと重なっていく】のだから、Jazz のアプローチでは(不滅のコード進行を軸にして)、アドリブプレイそのものの音のニュアンスが、そのまま枯れた葉の動きを表現させることがたやすい-というわけだ。

c0033501_0354499.jpgだからといって、奏者がどこまで枯れた葉のことを意識して演奏しているかはわからない(なにしろ原題はたんに「秋の葉っぱ」である)。聴く立場では、枯れた葉の空間移動をイメージしてみると、一段と味わいが深まるのではなかろうか。
演奏技術上の分析は別として、プラグドニッケルにおけるマイルス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムスなど、それぞれの“枯れた葉っぱ”の共振はたまらない。

いちばん遠くまで飛んでいくのがショーターの葉で、アフリカまでイッチャッている。そのとき、リズム隊もいっしょについて行くが…、

マイルスはそれをステージ横に引っ込んで、じっと見ている。

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by bongokid | 2005-02-18 22:18 | CD

仕事上のBGMは有線。たまにオールドポップスのチャンネルに合わせてみる。かかっている曲はみんな有名なものなんだが、やはりC-Am-F-G7のコード進行が圧倒的に多い。


c0033501_22382994.jpgブルース・スプリングスティーン、1978年のブートレッグのライヴビデオ(β)を持っている。1985年に東京新宿のその筋の店で1万円以上で買ったもの。画質は最悪だが、当時テレビ放映されたか会場スクリーン用に撮られたかのコピーで、その日のステージがなんの演出もされずに丸まる収められている。

なにしろ彼のステージは昔から長い。3時間は”ふつう”なのだ。社会的なテーマのもの、恋愛を歌ったもの、生きざまを歌ったものなどテーマは色々だが、シリアスな傾向の曲が休憩を挟んで2時間以上歌われたあとに、アンコールは一変!照明をすべてつけ、まさにパーティー会場と化する。

当時のアンコールにはゲイリー・US・ボンズの「クォーター・トゥ・スリー」が必ず演奏されていた。これが上記のC-Am-F-G7のまさに典型的な曲。そして観客とのコール&レスポンスを絡めて10分以上続けられる。

http://www.youtube.com/watch?v=gH66lSTKpWg

よくバンドマンが「ライヴは打ち上げで美味い酒を呑むためにやっている」などと本音とも冗談ともとれることを言ったりするが、スプリングスティーンの場合はアンコールのロックンロールパーティをしたいがために本編のシリアスな作品群が存在するんじゃないかと思えたりする。とにかく心の底から楽しめるアンコールの”パーティ”なのだ。
そして、「クォーター・トゥ・スリー」の冒頭、C-Am-F-G7のアカペラリフが始まったとたん、使い古された感のあるこのリフがこれほどまでにカッコイイものなんだ!と感激し、体中に電気が走るのであった。

(C-Am-F-G7といっても音楽をやっていない方にはわからないかも。15年前の「踊るポンポコリン」がそうですね。)
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by bongokid | 2005-02-16 21:14 | Player

大昔、深夜ラジオをよく聴いていた。中でもお気に入りは、ニッポン放送の“カメちゃん”こと亀淵昭信氏がパーソナリティを務めた「オールナイトニッポン」。
彼は元々ディレクターでロック/ポップスに大変詳しく、(ニュー)ミュージックマガジンなどの音楽雑誌に評論も書いていた。あのウッドストックを現地体験した数少ない日本人でもある。

1970年代初期、ロックミュージックを積極的に流すラジオ番組は少なく、彼の番組はとても有り難かったし、トークも楽しかった。オレは頻繁にリクエストやコメントをハガキに書いて送り、常連とまではいかないまでも、数回番組内で紹介されたりもした。たしか一度だけ自筆の年賀状をいただいたこともある。

その亀淵さん、現在は、堀江社長のライブドアから株を買い占められつつあるニッポン放送の代表取締役社長である。この先、いったいどうなることやら・・・?
4/3分に追記

ちなみにド迫力のゴスペル歌手、亀淵友香さんは妹さん。
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by bongokid | 2005-02-13 20:57 | Column

といっても、素直に割り切れないことも確か。
エチオピア人はイスラム教徒が全体の35%を占めるのに、「クリスマスがやってくることを彼らは知っているのだろうか?」と笑顔で歌うイギリスのアーティストたちとか、「オレ達(自身)が世界(そのもの)だ」と大合唱するアメリカのアーティストたちとか、ウェンブリーのフィナーレが「Let It Be(=なるがままに)」だったりとか、、、これらに象徴される、欧米人のある種の無神経なお気楽さや傲慢さも垣間見える。仮に、窮状に喘ぐエチオピア人がそれを認識したら、きっと複雑な気分になることだろう。無論、彼らにそんな余裕はないが。

主宰者ボブ・ゲルドフが聴衆に向かって「きょうは楽しんでくれ。そして献金を忘れずに!」とクールに言う場面がある。
彼は現実的に割り切っている。どんなにパフォーマンスに矛盾があろうと、偽善的であろうと、ロックンロールで馬鹿騒ぎしようと、結果的に大金が集まればよい~とにかく第一義的に金が集まらなければ意味がない、ということ。最もなことだ。

チャリティ・・・とくにエンタテイメントによる場合は、ある種の【矛盾】が宿命なのだ。
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by bongokid | 2005-02-12 02:07 | Column

ライヴエイドのDVD。
冒頭に、目を覆いたくなるエチオピアの飢餓の様子が映し出されている。その後にウェンブリーとフィラデルフィアのライヴ映像。
アーティストはみな素晴らしいパフォーマンスをやっているし、聴衆の盛り上がりももの凄い。間違いなく”楽しんでいる”。そしてそれを観ているボクもわくわくしながら楽しんでいる。そしてまた途中にエチオピアの目を覆いたくなる映像・・・。このギャップを受け止めねばならない。

エチオピアのことなんかどっかに置いておいて、格好のプロモーションの場と考えていたアーティストもたくさんいただろう。また、音楽ファンにおいては、なによりも映像を、ロックミュージシャンのパフォーマンスを、純粋に楽しみたいという思いがおそらくほとんどだろう。そういうボクもその一人だ。

不幸な惨状に目をつぶり、音楽を楽しむことは不謹慎?大地震の被害が出た時に優勝したプロ野球チームがビールかけを自粛することを考えれば、同様に不謹慎と言えるかもしれない。いや、そうではない。
あえて言うなら、その【不謹慎】をすればするほど、マスコミは話題として取り上げ、世間はエチオピアに目を向ける。DVDが注目されることで、それを購入する人が増え、その純益が募金になるわけだ。
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by bongokid | 2005-02-12 02:06 | Column