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c0033501_21565412.jpgCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)のジョン・フォガティの声ってシャウトしてもけして熱くならない。暑苦しくない。
ダウン・トゥ・アースなのにポップ。
出身は南部かと思いきやサンフランシスコ。
音がスカスカなのに、演奏もけしてうまくないのに、あのボーカルがあるだけで一流バンド。
ドラムもベースも兄貴のサイドギターも決められたフレーズだけ弾いていた(ように思う)。
ここで、こう行くだろうに-なんてこっちは思うが、行かない。(出来ないのか?)

しかし、よく聴くと、行かなくてよいことが見えてくる。
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by bongokid | 2005-01-31 23:58 | Player

c0033501_213157.jpg「永遠のモータウン」をDVDで観た。
アメリカ・デトロイトを拠点に、1960~70年代前半にかけて大ヒット曲を出し続けたブラックアメリカン主体のミュージックレーベルがモータウン。華やかな人気シンガーをたくさん輩出したが、彼ら(彼女ら)を裏舞台で支え続けたいぶし銀の職人ミュージシャン集合体(=レコーディング・バンド)がファンクブラザーズ。そんな彼らにスポットを当てたドキュメンタリー映画だ。
登場するほとんどのミュージシャンは、ジャズを通過してその道を選んでいる。しかし、ビートのまったく異なるソウル・グルーヴを作り出したのは、まさしく彼ら。
なにせ、力まない、無駄な音を一切出さない、ビートの裏をしっかりと体感している。そして、彼ら誰もが、音楽に対し深い愛情を持っていて、とても真面目である。
ソウル・グルーヴの源泉を実感させられる音楽映画として、また、人間ドキュメンタリーとしても十分に楽しめる内容だ。


さて。
モータウンの音楽はあくまでもボーカルが主役。そしてファンクブラザースはあくまでも腕の良い裏方職人たちだ。彼らがモータウンサウンドにおける重要な役割を担っていたとはいえ、「彼らこそがモータウン!彼らこそがソウルミュージック!」と言い切ってしまうのは、いささか的外れな気がする。
今まで、一般的には名前を知られなかった偉大なミュージシャンたちが見直されるのはとても素敵なことだし、それを悪く言うつもりもないが、彼らは雇われた仕事をプロフェッショナルとして真面目に粛々とこなしていったに過ぎず、その当たり前のことに今までほとんどの人が気がついていなかった、ということ。そして彼らと同様に、コンポーザーやアレンジャーや独特なミックスをした(リズムを強調した)エンジニアなども、同様に大いに称賛されるべきだろう。
ひとつ希望するとするならば、これをきっかけに、モータウンのリイシュー盤CDには出来るだけプレイヤーのクレジットを付けて欲しいと思う。(マービン・ゲイの「What's Going On」以前にクレジットをつける習慣は無かったそうだ。)
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by bongokid | 2005-01-30 21:57 | DVD

映画“フェスティバル・エクスプレス”

こんな奇跡のフィルムが存在していたとは!びっくりだ。
FESTIVAL EXPRESS 1970年カナダにおけるロックフェスティヴァルのドキュメント。
ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、ザ・グレイトフルデッドなどの貴重なライヴ映像がたっぷり含まれているらしい。大都市のみのレイトショー公開ですぐに観ることは出来ないが、そのうちDVDで発売されることを願う。
しかし、35年を経てようやく公開だからねぇ。

この世には発掘されていないとんでもない貴重なライヴ映像はまだまだあるに違いない。
個人的にはトリオ編成時のグランド・ファンク・レイルロードの完全ライヴをぜひ観たいものだ。(ブートレグヴィデオで短いものを観たことはあるのだが…)
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by bongokid | 2005-01-29 14:46 | Player

ジャニスは、プロデビューしてから3つのバンドを経験している。最初がビッグブラザー&ホールディングカンパニー、亡くなる直前がフル・ティルト・ブギ。

ロック評論家の評判は断然フル・ティルト・ブギのほうがよい。
組んだバンドに恵まれず(ジャニスは自分の力量に合ったバンドとなかなか出会えず)、やっと巡り会えたのがフル・ティルト・ブギ-というわけだ。

確かに、ライヴ演奏を聴くとビッグブラザーのほうは荒っぽい。ギターソロは音をはずすし音色もグシャグシャだったり、ドラムが思いっきりリズムを外したり…、はっきり言ってへたくそだ。
その点、ジャニスの遺作「パール」でのフル・ティルト・ブギは手堅く、あくまでもジャニスのバックバンドとしての大人の演奏だ。

c0033501_2202542.jpgさて、どちらに愛着があるかと言えば、そう!ビッグブラザーだ。ガレージ度満点のイカレた演奏は、ジャニスのウタと時に拮抗して、さぞかしジャニスは歌いにくかったことだろう-と思うが、計算ずくでないその演奏のほうが好きだ。

フル・ティルト~が参加した「パール」は71年の発売時に買ったのだが、いつか売ってしまった。
音像が好きになれなかった。ギターがチマチマしていて、キーボードが中心で、ドラムとベースが引っ込んでいて-まさに中庸でダメなのだ。ジャニス本人は、さぞかし歌いやすかったことだろうが…。
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by bongokid | 2005-01-28 01:12 | Player

癒し系の音楽? “癒し”という言葉が一人歩きしている。そんな事を意識して音楽を聴いたことがない。どんなにうるさくても、どんなに激しい音でも、それが気持ちよければ広い意味で“癒し”である。つまり好きな音楽全てが、その人にとって“癒し系”と思う。
“好きな音楽すべてが癒し系”という言い方にはかなり強引なところがあるだろうが、まぁ、広い意味でのハナシであって、世間が癒し、癒しとうるさいから、屁理屈のひとつでも言いたくなってしまったのだ。
そう!覚醒させられる音楽だってあるではないか。眼をキッっとさせたくなるような気持ちがシャキっとするような素晴らしい音楽だってあるのだ。中庸で意外性のない、生ぬるい音楽が巷にはびこっていると、無視すればよいのについなにか言いたくなる。どうもオヤジの愚痴になってしまうようで、いささか気が引けるのだが。いやぁ失敬!(-_-;)
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by bongokid | 2005-01-26 02:37 | Column

ミュージック・マガジン誌は毎月読んでいる。断続的に読み始めたのが中学3年の頃。(当時の雑誌名はニューミュージック・マガジン)文章が多くて中学生には難解な音楽雑誌だった。高校2~3年の頃からは毎月休まず買っているわけだ。まぁそれだけに、この雑誌からの影響は自分にとってとてつもなく大きい。

PCで音楽を作り始める以前は、どちらかというと音楽は聴くモノだったし、この雑誌で取り上げられた音楽には興味を示すことがとてもとても多かった。なぜか?といっても、とても一言では答えられないのだけど。
ここ数年は、あまりCDを買わなくなった。聴く時間がない。優先順位が後退したようだ。しかし毎月20日に本屋に行ってこの雑誌を買い、目を通すと、買って聴きたい音楽がたくさんある。またしかし、買ってもちゃんと聴くのか?と自問して、なんとなく買わないままになってしまう。

そのCDを聴き、時代や文化的背景を知り、人脈を知り、音作りを見極め、また単純に聴く。音楽でひとつの旅を楽しむ。そんなことが好きだった。いや今でも好きなのだが…。
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by bongokid | 2005-01-25 00:17 | Column

最初に断っておくが、自分がリアルタイムでビートルズを聴いたのは67年か68年で小学生だった。“英国のGS”程度の認識で、なぜそんなに凄いのかわけが分からず、"長髪でエレキを持った不良"と、親に言いくるめられ、家に一台しかないテレビでは絶対に見せてもらえなかった。ビートルズに意識的に接したのは、実は解散した頃からである。
世代を語る時に、“ビートルズ世代”というくくり方をよく見かける。しかし、そんなものアッタのカイな???
1960年代半ば、日本で一番有名な洋楽は実はヴェンチャーズだった。日本人には、エレキインストのヴェンチャーズのほうがずっとずっと親しみがあったのだ。テケテケテケテケ♪
「私はビートルズ世代だ」と公言するうさんくさい文化人が多いが、実は当時そんなに好きでなかったりする。その世代のほとんどの日本人にとって、ビートルズは“後追い”だった。彼らの部屋に、当時いったい何枚のビートルズのLPが並んでいたのだろう?何枚か並んでいたにしても、たぶんファーストプレスではないだろう。

今となっては想像もできないが、ビートルズの音楽はまさに革命であって得体の知れない音楽だったのだ。

c0033501_227777.jpg真先に飛びついたのは若い女性たち。(もっともアイドルとしてだが。)とにかく理屈は抜きにして、カッコイイ!と感覚的に受け入れたのは若い女性たちだった。そしてほんの僅かなマニアックな男たちが、こっそりレコードを買って聴いていた。(学校の同学年に数人いるかいないか、その程度)いろいろ理屈を付けながら、違和感と格闘しながら。。。おそらくそんなところだろう。なにせ“長髪もエレキギターも不良のすること”-だったのだから。
ゆえに、「私はビートルズ世代だ」などという、したり顔のオジサンがいたら、話半分に聞いておいたほうがよい。
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by bongokid | 2005-01-23 15:07 | Column

c0033501_23282144.jpg1979年4月、確かにBob Marleyは日本にいた。それもオレの目の前に。唯一の日本公演、東京では渋谷公会堂と新宿厚生年金会館で行われた。
その当時は考えもしなかったが、翌年だったか翌々年だったかに帰らぬ人となった。

改めてアルバムの変遷をたどってみると、その頃はすでに全盛期ではない。
ワールドツアーの一環として来日したわけで、人生の最終節に入っていたことに本人は気づいていたのか、とにかく、出来るだけいろんな所へ行き、たくさんの人の前で演奏しようとしていた-のではないか?

故郷ジャマイカには滅多に帰らなかったらしい。

世界に向けてメセージを伝えたい一心だったようだが、演奏中観客のほうに一度も視線を向けなかった-と記憶している。歌っている最中は、自分に向かって歌っていたのだろう。

そのときの録音が、1996年に突然発表された。なんだか、あまりにも生々しくて、何度も聴く気になれない…。

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Bob Marleyは駆け足で人生を駆け抜けた。

バレッド兄弟の強靱なリズムにのり、憂いを帯びた声から発せられたメッセージは、どれをとっても、しなやかで、太く、重い。と同時に、ガンジャにもラスタファリズムにも縁のないオレにとっては、その距離感も自覚してしまう。

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お香が炊かれ、会場が煙で霞みがかかったところで、ライヴは始まった。一曲目は「Rastaman Vibration」、そして代表曲が休まず続く。最後の「Get Up Stand UP」~「Exodus」まで、ガンジャやラスタファリズムを知らなくても、オレはBobに合わせて歌詞を歌いながら、自然と高揚していった。

そして、あっという間の出来事だった。
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by bongokid | 2005-01-20 23:46 | CD

ライヴを見に行くと、気に入ったアーティストのものでも必ず睡魔に襲われる友人がいる。

なぜだろう?と考えた。
音圧の振動が心地よいからか?(目をつぶってヘッドフォンで集中して聴いていると、いつのまにか寝てしまう経験は自分にもあるが。)それもあるだろう。それだけだろうか?たぶん、その逆もあるのではないかな。周囲の様子に気が散って疲れ果ててしまうのでは?

(大前提として)おおよそ音楽は、まず一個人が個別に楽しむものだ。しかし、ある音楽を”気に入っている”という事実が同じでも、その感覚は人それぞれ微妙に異なる。

音楽に一人で向かい合っている上では、なにも周囲を気にする必要はないが、ライヴには大勢の他人がいるし、普段と環境もまったく異なる。
隣の人が、突然叫びだすこともあれば、カップルがイチャイチャしていたりもする。しっとりとしたバラードの時、横の人のニンニクくさい口臭で白けてしまうこともある。(←ネタではない事実デス) また、前の人の体でステージが見えないこともある。音響がひどいこともよくある。
集団の中にいるのだから、それなりの儀式も多々ある。お約束の拍手、お約束のトーク、お約束のアンコール・・・。

音楽は好きなのに、そんな非日常の環境に不得手な人間もいるはずだ。妙に疲れてしまい、集中できずに眠たくなる-それは、わからないでもない。
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by bongokid | 2005-01-20 01:11 | Column

c0033501_222536100.jpgストーンズの代表曲のタイトルだが、いかしたセリフだ。"love"ではなく"like"なところがクールでいいなぁ。これを仰々しく"たかがロックンロール、されどロックンロール"と訳すのはチョット違うと思う。
さて、「たかが音楽、されど音楽」-という方も結構いらっしゃるかと思う。
自分はどうだろう?("It's only music, but I like it"そんなところかなぁ…。)
「たかが音楽、されど音楽」では(自分には)大げさ過ぎる。音楽は大好きだ。でも大げさには考えたくない。ちょっと特別なもの。かなり特別なものではない。でも大好き。で、結構大好き。音楽ナシでは生きていけない-ことはない。けど大大好き。困ったモンだ。
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by bongokid | 2005-01-18 00:45 | Player