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c0033501_21445088.jpgかなり前だが、“ミスター・ビーン”でおなじみの英国人喜劇俳優、ローワン・アトキンソンの記事が読売新聞にあった。タイトルは【愛する、ゆえに、からかう】。

《人生の根本には非合理がある。愛、美、音楽、みんな非合理であり、非合理的だからこそ存在価値があり、こっけいでもある。だから、敬意を込めてからかうことができる》 と彼はいう。
英国特有の屈折した精神のようでもあるが、これは、ある意味もっともな事だと思う。

(とくに日本人の傾向として)時に、パロディを悪意や軽蔑と短絡的に捉えられることが多いように思う。
また、言うほうも聞くほうも、批評と批判を混同しがちなことがある。元の言質にもよるが、好きだからこそ、敬うからこそ批評することだってある。

愛するがゆえにからかう-という手法は、もっと世間に認められるべきだ。そして、そういう文化が当たり前にあれば、個人崇拝の絶対的政治支配や狂信的な宗教に洗脳されることも少しは減るように思うのだが。
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by bongokid | 2005-10-10 21:46 | Column

ビートルズの「エド・サリバンショー完全版」DVDには、テレビ番組自体がまるごと収録されていて、鎮痛薬、インスタント紅茶、じゅーたん、パンケーキの素、シェービングクリームなどのCMもそのまま入っている。

鎮痛薬アナシンのCMでは、「数分後に痛みを取り去り、ストレスを解消し気分を和らげる医師も推薦!」などと言っている(笑)。内服薬は基本的に吸収されるまで30分はかかるし、直接的に気分を和らげる作用は無い。また、市販薬を使われたら病院に行かなくなるので医師が推薦するわけがないのだが…。現在とは異なり、誇大広告?の規制がゆるやかだったのかな。



それと、パンケーキの素が普及していたようだが、当時からアメリカ人の中流家庭では当たり前にオーブンがあったのだなぁ。気軽にパーティを開いて自家製パンケーキを振る舞うらしく、バターの香りが漂っていたのだろうな。
インスタント紅茶はリプトンなのだが、ティーバッグ以外にも顆粒状で溶けるタイプもあったようで、驚く。
全体的には比較広告が当たり前で、「従来品に比べて~~が良くなった」という言い方を多用している。アナシンなどは堂々と他社のバファリンと比較している。

DVDのメインメニューではないが、なかなか興味深かった。
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by bongokid | 2005-10-09 21:55 | Column

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1988年は、後楽園球場が閉鎖され、それに替わって東京ドームが完成された年だ。そのこけら落としのイベントで、ミック・ジャガーの初来日公演が行なわれた。

ストーンズのレパートリーが大半を占め、キースを激怒させたらしいが、ミックとしてはソロとして独立したわけでもなく、イレギュラーな束の間の極東ツアーだったかもしれない。

喉の調子はいま一つで、ハイトーン部分はバックボーカルに任せていた。
ドラムは手数(と足数)が多いサイモン・フィリップスで、ストーンズのレパートリーではやや違和感があったが、全体のアンサンブルはほぼ従来のまま演奏された。
しかし、そんなことは枝葉に過ぎず、このミックの初来日公演は、ローリングストーンズ1973年の突然の公演中止(過去の大麻不法所持を理由に外務省が入国拒否)で悔しがったオールド世代から当時の若い世代まで、ストーンズのライブに飢えていた日本中の多くのファンを興奮させた。おそらく、理屈抜きで直感的に興奮したのだ!

会場にいた多くのファンは、「スタート・ミー・アップ」や「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」や「サティスファクション」や「タンブリン・ダイス」などのイントロを聴いただけで狂喜乱舞した。そして、泣いていた。そういう自分もやっぱり泣いていた。ロックンロールのリフで泣くとは思ってもみなかった。

あくまでも私見だが、その独特の思いを経験したおかげで、2年後にローリングストーンズが初来日した時は、思いの外、冷静だったように思う。
つまり、煎じ詰めれば、「表層的な部分でのローリングストーンズとはミック・ジャガーである」という、ある意味ごく当然の認識を再確認させられたのである。と同時に、ミックのソロでなく、もしも先にストーンズが日本に来ていたら、、、まったく異なる思いを抱いたようにも思う。

以下、東京ドーム曲目
1. ホンキー・トンク・ウィメン
2. Throwaway
3. ビッチ
4. 夜をぶっとばせ
5. ビースト・オヴ・バーデン
6. ダイスをころがせ
7. ミス・ユー
8. ルビー・チューズデイ
9. ジャスト・アナザー・ナイト
10. War Baby
11. ハーレム・シャフル
12. SAY You Will
13. Party Doll
14. 無情の世界
15. Radio Control
16. ギミー・シェルター
17. スタート・ミー・アップ
18. ブラウン・シュガー
19. イッツ・オンリー・ロックンロール
20. ジャンピン・ジャック・フラッシュ
21. 悪魔を憐れむ歌(アンコール)
22. サティスファクション(アンコール)


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by bongokid | 2005-10-05 00:41 | Column

部屋の棚の奥の奥にカセットテープがたくさん眠っている。
ほとんどが、バンドをやっていた時の録音や友人のレコードをダビングしたものなのだが、その中に混じって、今では珍しいオフィシャルなカセットも出てきた。
CD1枚が3500円程度だった頃(=まだLPレコードがかろうじて主流だった頃)に、タワーレコードには輸入盤のカセットテープもまだ売られていて、元来、音源さえ確保出来れば形にあまりこだわらない性分なもので、1000円程度だったこともあり、購入した記憶がある。
その頃は、欧米でもっとも需要がある形体は、意外にもカセットテープだった、という話を聞いたことがある。その流れでタワーでも売られていたのかも。
周囲の友人たちは、「いまどき、わざわざカセットなんか買うやつなんていないぞ!」と笑っていた。
(あれ?なぜか、浜田省吾と松田聖子もあるぞ。)

c0033501_1265783.jpg携帯画像でわかりにくいが、並んでいるのは、
SLOW DOWN(浜田省吾)
スコール(松田聖子)
シアーハートアタック(クィーン)
クローサートゥホーム(グランドファンクレイルロード)
チャイムス・オヴ・フリーダム(ブルース・スプリングスティーン)
ザ・バーズ グレイテストヒッツ
FREE JAZZ(オーネット・コールマン)
c0033501_1272016.jpgザ・ベスト・オヴ ゲイリー・US・ボンズ
ウィッシュボーン・アッシュのファースト
ロール・ウィズ・イット(スティーヴ・ウィンウッド)
MILES AND COLTRANE
KIND OF BLUE(マイルス・ディヴィス)
IMPRESSIONS(ジョン・コルトレーン)

いやぁ、ムチャクチャです。。。
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by bongokid | 2005-10-02 00:24 | Column

LPのミニチュアのような“紙ジャケにタスキ付き”の復刻はマニア心をくすぐるようだが、収納の機能性からするとどうも苦手だ。
というのは、、、
LP時代の時もそうだったのだが、内袋(ポリエチレン?)の口と紙ジャケの口を合わせるか交差させるかという問題がある。
口を合わせれば取り出しやすいが、ホコリが入ったり盤がするりと外に落ちる可能性がある。交差させれば出し入れがとても面倒くさい。
加えて外袋(ビニール?)を使う場合、その封の部分のノリが紙ジャケにくっつくこともありうっとうしい。
それと立てかけて本のように収納した場合、側面が薄いためにタイトルがわかりにくいので、聴きたいものを探しにくい。

そんなわけで、オーソドックスなプラケースがいちばん良いと思うのだ。まぁ、たまにひびが入ったり解説書がキチキチで出し入れに苦労したりもするが…。(苦笑)
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by bongokid | 2005-09-15 21:53 | Column

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これはテキサスで1969年8月30,31日、9月1日に行われたフェスで、出演者もメチャ豪華!
音源の一部は以前にアーティスト別にブートCDが出回っていて、ラッキーにもレッド・ツェッペリンとシカゴとスライ&ファミリーストーンのを持っている。正式な完全版、出ないかなぁ?
若々しいツェッペリンとサム&デイブとサンタナが続けて観られたなんて・・・参るなぁ。
画像ではわかりにくいけど、目を凝らしてパンフレットの出演者をご覧あれ!
(クレジット以外に、グランド・ファンク・レイルロードも出演したらしい。)



ウッドストックやアトランタなどは知られているが、1969年、1970年頃には、他にもアメリカで野外ロックフェスが頻繁に行われていたようだ。

また、シンシナチで行われたロックフェスのダイジェストの画質の悪い映像(ブート)もあって、それはテレビ放映のコピーだったことからして、映像や音源がまだあるんじゃないかと密かに期待しているのだが。
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by bongokid | 2005-08-19 01:06 | Column

坂本九の「上を向いて歩こう」が全米で大ヒットした件は以前こちらに書いたが、もしかしたらひょっとしたら、この曲だってきっかけさえあったなら、当時アメリカでも受け入れられたんじゃないか?
それは「いつでも夢を」(作曲:吉田正、作詞:佐伯孝夫)だ。
1962年に橋幸夫と吉永小百合のデュエットで日本国内で大ヒットした歌謡曲。(日本レコード大賞受賞曲)

なぜ、そう思ったか?それはbongokidの勘。それのみです。
ではなぜその勘が働いたか?
たまたまAMラジオから流れてきたものを聴いたから。英語で歌われたハワイアン・ソングとしての「いつでも夢を」で、EMII KATOOという日本人女性歌手とハワイの男性歌手のデュエットだった。

c0033501_2017569.jpg元々あるメロディの良さに加えて、素朴でゆったりとしていて、ほんのりエキゾチックで、「上を向いて歩こう」に通ずるところがあり、欧米人にも気に入られそう。
最近の録音のようだが、もし、1960年代にこのアイデア(ハワイアンテイストの英語版)が発案されていたら、ひょっとしたらアメリカでも受け入れられていたはず!と。

追記:ペギー・マーチのヴァージョンもあった。

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by bongokid | 2005-07-18 20:27 | Column

「レコード(CD)コレクター道を極めるならば、家族で夕日の沈む土手を散歩する夢は捨てるべき」という格言があるとか無いとか。


R(40代自営業)はいわゆる自他ともに認める音楽(CD、レコード)マニア。
ある日、妻と子供二人をつれてショッピングモールへ出かけた。
買い物目的は異なるので、妻と子供がなにかを物色している間はひとり中古CDのバーゲン売り場へ。まぁ合理的な方法だ。
そして妻と子供の買い物が済んだらそのCD売り場の近くで合流する約束をした。

CDを物色すること小一時間。やがて探し求めていたレア・アイテムを運良く手に入れた。
ベンチに座り、その買ったCDの封を切って中ジャケットを眺めていたら、
髪をポニーテールにしデニムの上下に身を包んだ、いかにも“70年代ロック野郎”のむさ苦しいおにーさんが、
それ、いいっすよね~~~~!いやぁボクも大好きなんですよ~~~!地元でそれを持っている人に会ったのは初めてですよ~~~~嬉しいですねぇ~~~~!!!!
と、本当に嬉しそうに話しかけてきた。
Rも、こんなところで同じ趣味の人間に出会うとは思ってもいなかったし、話しかけてくれたことが嬉しくて意気投合。
音楽談義で、いやがうえにも盛り上がった。

やがて買い物を済ませた妻と子供がもどってきた。それなのに一向に二人の会話が終わらない。

妻と子供がけげんな表情で音楽談義が終わるのを待つ。


約15分後、気配をやっと察した二人は音楽談義をやめた。
電話番号を交換したデニム野郎がRの妻に軽く会釈をしたが、当然(?)無視される。


「今の人はあなたの友だちなの?」

「い、いや、今初めて会った」

「・・・・」


友人夫婦の幸せを祈るばかりである。
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by bongokid | 2005-07-17 01:12 | Column

僕たちの洋楽ヒットという年代別のオムニバスがある。
また、最近は古いポップス・アーティストのベスト盤CDも容易に手に入るようになった。
なんと!オリジナルキャストのベストも出るそうだ。
ボビー・シャーマン、マジックランタン、ハミルトン・ジョーフランク&レイノルズ、グラスルーツ、スティーブ・ミラーバンド(自伝によるとM・デイヴィスは大嫌いだそうだ苦笑)、ショッキング・ブルーなども今一度聴いてみたい気がするが、あの頃小さなAMラジオで深夜に聴こえていた空気感をそのままにしておきたい気もする。
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by bongokid | 2005-07-11 23:14 | Column

NHKアーカイブス の1974年郡山ワンステップフェスのドキュメントを録画で観た。
良くも悪くもNHK。音楽そのもののというより、社会的視点及び風俗としてのドキュメント。

以前の1970年のトゥーマッチ・コンサートと同様に、当時、ロックはまだ社会的に異質なもので、外部の人達がいかに奇異に捉えていたか、またそれによって当事者たちがいかに悪戦苦闘していたか、が垣間見えた。

終わってみれば、虚しいロックフェス…。借金とゴミの山が残った。
ただ、それを批判するつもりは毛頭ない。発起人の情熱はこの上なく純粋なものだから。

けして後味のよい番組ではないけれど、当時、平々凡々に暮らしていた身としては、話題としては認識していたが、実際にはこんなことがあったんだ!と再認識させられたロック黎明期の貴重な映像であった。

未見だが、最近DVDも発売されたそうで、もう少し音楽的に捉えられているようだ。


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by bongokid | 2005-06-27 23:59 | Column