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仕事上のBGMは有線。たまにオールドポップスのチャンネルに合わせてみる。かかっている曲はみんな有名なものなんだが、やはりC-Am-F-G7のコード進行が圧倒的に多い。


c0033501_22382994.jpgブルース・スプリングスティーン、1978年のブートレッグのライヴビデオ(β)を持っている。1985年に東京新宿のその筋の店で1万円以上で買ったもの。画質は最悪だが、当時テレビ放映されたか会場スクリーン用に撮られたかのコピーで、その日のステージがなんの演出もされずに丸まる収められている。

なにしろ彼のステージは昔から長い。3時間は”ふつう”なのだ。社会的なテーマのもの、恋愛を歌ったもの、生きざまを歌ったものなどテーマは色々だが、シリアスな傾向の曲が休憩を挟んで2時間以上歌われたあとに、アンコールは一変!照明をすべてつけ、まさにパーティー会場と化する。

当時のアンコールにはゲイリー・US・ボンズの「クォーター・トゥ・スリー」が必ず演奏されていた。これが上記のC-Am-F-G7のまさに典型的な曲。そして観客とのコール&レスポンスを絡めて10分以上続けられる。

http://www.youtube.com/watch?v=gH66lSTKpWg

よくバンドマンが「ライヴは打ち上げで美味い酒を呑むためにやっている」などと本音とも冗談ともとれることを言ったりするが、スプリングスティーンの場合はアンコールのロックンロールパーティをしたいがために本編のシリアスな作品群が存在するんじゃないかと思えたりする。とにかく心の底から楽しめるアンコールの”パーティ”なのだ。
そして、「クォーター・トゥ・スリー」の冒頭、C-Am-F-G7のアカペラリフが始まったとたん、使い古された感のあるこのリフがこれほどまでにカッコイイものなんだ!と感激し、体中に電気が走るのであった。

(C-Am-F-G7といっても音楽をやっていない方にはわからないかも。15年前の「踊るポンポコリン」がそうですね。)
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by bongokid | 2005-02-16 21:14 | Player

c0033501_21565412.jpgCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)のジョン・フォガティの声ってシャウトしてもけして熱くならない。暑苦しくない。
ダウン・トゥ・アースなのにポップ。
出身は南部かと思いきやサンフランシスコ。
音がスカスカなのに、演奏もけしてうまくないのに、あのボーカルがあるだけで一流バンド。
ドラムもベースも兄貴のサイドギターも決められたフレーズだけ弾いていた(ように思う)。
ここで、こう行くだろうに-なんてこっちは思うが、行かない。(出来ないのか?)

しかし、よく聴くと、行かなくてよいことが見えてくる。
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by bongokid | 2005-01-31 23:58 | Player

映画“フェスティバル・エクスプレス”

こんな奇跡のフィルムが存在していたとは!びっくりだ。
FESTIVAL EXPRESS 1970年カナダにおけるロックフェスティヴァルのドキュメント。
ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、ザ・グレイトフルデッドなどの貴重なライヴ映像がたっぷり含まれているらしい。大都市のみのレイトショー公開ですぐに観ることは出来ないが、そのうちDVDで発売されることを願う。
しかし、35年を経てようやく公開だからねぇ。

この世には発掘されていないとんでもない貴重なライヴ映像はまだまだあるに違いない。
個人的にはトリオ編成時のグランド・ファンク・レイルロードの完全ライヴをぜひ観たいものだ。(ブートレグヴィデオで短いものを観たことはあるのだが…)
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by bongokid | 2005-01-29 14:46 | Player

ジャニスは、プロデビューしてから3つのバンドを経験している。最初がビッグブラザー&ホールディングカンパニー、亡くなる直前がフル・ティルト・ブギ。

ロック評論家の評判は断然フル・ティルト・ブギのほうがよい。
組んだバンドに恵まれず(ジャニスは自分の力量に合ったバンドとなかなか出会えず)、やっと巡り会えたのがフル・ティルト・ブギ-というわけだ。

確かに、ライヴ演奏を聴くとビッグブラザーのほうは荒っぽい。ギターソロは音をはずすし音色もグシャグシャだったり、ドラムが思いっきりリズムを外したり…、はっきり言ってへたくそだ。
その点、ジャニスの遺作「パール」でのフル・ティルト・ブギは手堅く、あくまでもジャニスのバックバンドとしての大人の演奏だ。

c0033501_2202542.jpgさて、どちらに愛着があるかと言えば、そう!ビッグブラザーだ。ガレージ度満点のイカレた演奏は、ジャニスのウタと時に拮抗して、さぞかしジャニスは歌いにくかったことだろう-と思うが、計算ずくでないその演奏のほうが好きだ。

フル・ティルト~が参加した「パール」は71年の発売時に買ったのだが、いつか売ってしまった。
音像が好きになれなかった。ギターがチマチマしていて、キーボードが中心で、ドラムとベースが引っ込んでいて-まさに中庸でダメなのだ。ジャニス本人は、さぞかし歌いやすかったことだろうが…。
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by bongokid | 2005-01-28 01:12 | Player

c0033501_222536100.jpgストーンズの代表曲のタイトルだが、いかしたセリフだ。"love"ではなく"like"なところがクールでいいなぁ。これを仰々しく"たかがロックンロール、されどロックンロール"と訳すのはチョット違うと思う。
さて、「たかが音楽、されど音楽」-という方も結構いらっしゃるかと思う。
自分はどうだろう?("It's only music, but I like it"そんなところかなぁ…。)
「たかが音楽、されど音楽」では(自分には)大げさ過ぎる。音楽は大好きだ。でも大げさには考えたくない。ちょっと特別なもの。かなり特別なものではない。でも大好き。で、結構大好き。音楽ナシでは生きていけない-ことはない。けど大大好き。困ったモンだ。
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by bongokid | 2005-01-18 00:45 | Player

「知りすぎたのね」というタイトルの歌謡曲があるが、万事そうなのだろうか。
学び知ることは当然よいことだろう。人は様々なことを学び経験して成長していく。
ただ、時に知識が邪魔をすることもある。理屈で納得して自らを縛り付けてしまうこともある。知識を持てばそれを手段にして応用させればよい-ということもよくいわれる。しかし概してそんなにうまくことが運ぶとは限らない。それは知識に感性が追いついていないからで、感性を鍛えることは知識を詰め込むことよりはるかに難しいのだ。

若い人に「どうしたらカッコよいプレイが出来るようになりますか?」という恐ろしい愚問をされた時、村上ポンタ氏(彼のプレイはそれほど好きではないが)が、名言を吐いていたのを思い出した。「それは、毎日散歩をして物思いにふけることだよ!」

c0033501_22195298.jpg音楽においてどこか不器用で端正でない人が好きだ。たとえば、
リンゴ・スターはスネアロールをしなかった。
キース・ムーンはハイハットを使わなかった。
モーリン・タッカーはべードラを使わなかった。
ジミー・ペイジは正確なフレーズに自信がないくせに、ミストーンをごまかせない音色が好みだった。
ニール・ヤングやキース・リチャードはカポタストを使った。

自分は彼らの音楽が大好きだ。そして彼らは、知識というより、感性に裏打ちされた知恵を持っていたように思う。
こんな事を書くと、「練習嫌いを正当化しているだろう?」というつっこみが、返ってきそうだ。まぁそれはその通りだな。(苦笑)
ちなみに「知りすぎたのね」の歌詞は、《あなたのことを知りすぎてしまい、疲れたわ。そろそろお別れね》というものだったかな?たしか…。
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by bongokid | 2005-01-16 22:08 | Player